令和8年熊本地震から考える、旧耐震住宅の現実と「暮らしの優先順位」
2026年7月28日、熊本県熊本地方を震源とする最大震度7の「令和8年熊本地震」が発生しました。 被災された皆様、そして今なお不自由な避難生活を余儀なくされている方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
この度の地震においても、昭和56年以前に建てられた「旧耐震基準」の木造住宅に被害が集中し、建物の倒壊によって尊い命や思い出の詰まった暮らしが失われてしまう現実を、私たち建築に携わる者は改めて重く受け止めています。
現在、無料耐震診断などの現場で多くの木造住宅を調査させていただいていますが、そこで直面するのは今回の熊本地震の教訓そのままの厳しい現実です。昭和56年以前の建物のほとんど(私の実感としてはほぼ全て)が、現在の基準に満たないどころか、大幅に耐力が不足している状態にあります。
具体的には、建物の強さを表す「上部構造評点」という数値を出します。大地震で倒壊しないためには「1.0」以上が必要ですが、私が調査した昭和56年以前の建物の多くは、驚くべきことに評点が「0.07〜0.33」という数値にとどまっています。 これは、必要な壁の量が圧倒的に足りず、震度6強の揺れが来れば「倒壊する可能性が非常に高い」という危機的な状態を意味しています。

例えば、上の写真をご覧ください。これは実際の耐震診断の現場、床下の様子です。 床下を覗くと、古い丸太の柱や継ぎ足しの構造が、不整形の石(玉石基礎)の上に頼りなく乗っているケースが数多く見られます。重い土壁や日本瓦が頭に乗っているにもかかわらず、足元や内部の耐力はこのような状態にあり、大地震の最初の突き上げで一瞬にしてバランスを崩してしまうリスクを抱えているのです。
診断結果をお伝えすると、ご依頼主の多くは深く悩まれます。 家全体をしっかりと耐震改修しようとすれば、建物の規模にもよりますがおよそ200万円から1,000万円程度の費用がかかります。「対策はしたい。でも、これからの生活資金を考えると踏み切れない」——ご自身の残された時間や今後の暮らし、そして多額の費用を天秤にかけ、葛藤されるのは当然のことです。
プロとして「命のために耐震工事をしましょう」と一言で伝えるのは簡単です。しかし、一人の人間としてお客様の人生に向き合ったとき、暮らしの優先順位は人それぞれであり、「絶対にこうすべき」という唯一の正解はないというのが、私の正直な思いです。
では、私たちはこの問題にどう向き合えばよいのでしょうか。
「高い確率」で訪れる災害の現実
「自分が生きている間には大きな地震は来ないだろう」と思いたいところですが、現実は甘くありません。 東海圏に甚大な被害をもたらすとされる「南海トラフ巨大地震」が今後30年以内に発生する確率は70〜80%と言われています。さらに、私たちが暮らす岐阜県美濃地方には、過去に大きな被害をもたらした濃尾断層帯をはじめとする活断層が存在し、直下型地震はある日突然、足元から襲いかかってきます。
これは決して遠い未来の他人事ではなく、私たちの日常の延長線上にある非常に高い確率の現実です。
被災後に訪れる過酷な日常
もし無補強のまま被災し、家が被害を受けた場合、暮らしはどう変わってしまうのでしょうか。
- 【全壊の場合】家も日常も失うリスク 命が助かったとしても、倒壊した家の解体費用がのしかかり、住み慣れた土地を手放さざるを得ないケースが少なくありません。避難所や仮設住宅での長引く不自由な生活は、住み慣れた地域コミュニティからの孤立を招き、心身ともに想像を超える大きな負担を強いることになります。また、住宅ローンが残っている場合は二重の経済的困窮に直面します。
- 【半壊の場合】過酷な二者択一 住み続けるためには数百万〜一千万円規模の修理が必要です。大切な貯蓄を一気に失うか、泣く泣く住み慣れた家を諦めて転居するかの選択を迫られます。
- 【一部損壊の場合】消えない不安との共存 見た目の被害が小さく修理できたとしても、建物の見えない耐力は確実に低下しています。「次に大きな余震が来たら、今度こそ倒壊するかもしれない」という強い不安を抱えながら暮らし続けることになります。
建築家からの「暮らしの提案」
被災によって失うものは「家という箱」だけではありません。これまで築いてきた穏やかな日常そのものです。耐震費用は、単に建物を強くするためだけのものではなく、「自分と家族の尊厳ある日常を守り抜くための備え」と言えます。
しかし、だからといって「何千万円もかけて完璧に直す(0か100か)」だけが選択肢ではありません。暮らしの優先順位を守りながら、命も守るための「落とし所」を提案します。
- 提案1:命を確実に守る「一部屋耐震・耐震シェルター」 家全体ではなく、一番長く過ごす居間や無防備になる寝室だけを重点的に補強する「部分改修」。あるいは、家屋が倒壊しても空間を維持できる「耐震ベッド」や「耐震シェルター」を導入する。費用を大幅に抑えつつ、最悪の事態から「命だけは絶対に守り抜く」という現実的な選択です。
- 提案2:将来を見据えた「減災」という割り切り もし将来的にその住まいを引き継ぐ予定がないのであれば、家具の転倒防止を徹底する、重い屋根瓦を軽量な素材に葺き替えて倒壊リスクを下げるなど、最低限の「減災対策」にとどめるのも一つの正しい判断です。
- 提案3:自治体の補助金制度のフル活用 多くの自治体では、耐震診断だけでなく、耐震改修工事やシェルター設置に対する補助金制度を用意しています。これらを最大限に活用し、自己負担額を「今の暮らしを圧迫しない範囲」に収める資金計画を一緒に組み立てます。
最後に
旧耐震の住まいをどうするか。そこに「万人にとっての正解」はありません。 大切なのは、今回の熊本地震のような災害を他人事にせず、建物の現状という「事実」を正しく把握した上で、これからの人生設計と照らし合わせて話し合うことです。
私どもSKY Lab 関谷建築研究所は、ただ工事を勧めるための存在ではありません。技術的な事実を踏まえた上で、お客様一人ひとりの人生に寄り添い、安心できる「暮らしのストーリー」をどう守っていくか。その最適解を一緒に探す伴走者でありたいと考えています。
まずは、お住まいの現状を知ることから始めてみませんか。耐震診断について、どうぞお気軽にご相談ください。